少し前まで、「疲れたくないな」と思うことが増えました。
若い頃のように気合いで押し切るより、「無理しない方が快適」と感じる日が多くなりました。
それでも、スクワットや“ついでの”ウォーキングは続けています。
動けなくなったわけではなく、
ただ“疲れることに少し臆病になっていた”のかもしれません。
今日は、そんな自分の変化を受け止めながら、
「疲れても大丈夫と思う考え方」をまとめてみました。
1.「ドリンク」に頼ってもいいのかな
少し前までは、疲れを感じるとすぐに疲労軽減のドリンクを飲んでいました。
手軽にリセットできるので、助かりました。
でも、ドリンクに頼る自分は弱いような気がして、
できるだけ飲まないようにした時期もあります。
それが「強くなった証拠」だと思っていたのですが、
今は、少し考え方が変わってきました。
「多少疲れるくらい動けている」ということ自体が、実は元気のサインなのかもしれない。
疲れた日にドリンクに頼ることも、
“ちゃんと動けた日の証拠” なんだと思うようになりました。
多少疲れても大丈夫。
また動けるようになるよ、と自分に言いたいです。
2.一旦落ち着くように
今は、疲れを感じたら、
まず「いったん落ち着く」というクセが自然とついてきました。
何をするでもなく、
- ちょっと座る
- 呼吸をゆっくりする
- 今日の疲れ方を確認する
そんな小さなことだけで、気持ちも体も落ち着くことに気づきました。
スクワットも、ご飯の量を控えることも、もう二年。
どちらも「やらなきゃ」と思わなくてもできています。
以前のように“気合い”で押すより、
その日の自分の状態を見て動く方が、私には合うのだと思っています。
3.動ける日と休む日、両方あるのが自然
私は、できれば休みたくないタイプです。
ちょっと疲れた日も、スクワットは欠かさず行っています。
でも、本当に疲れた日は、翌日の外出を控えて、自然と体を休ませています。
これが50代の無理しない形なのかもしれません。
そして、疲れがとれたら案外動けたりします。
休む日があるのもありがたいこと。
その後、無理し過ぎない程度に動ける日が来るのも、ありがたいこと。
どちらも“普通のこと”として受け入れています。
おわりに:疲れを恐れなくても大丈夫
疲れることに臆病になるのは、
それだけ自分の体を気にかけてきた証拠でもあると思います。
ドリンクに頼る日があっても良い。
休む日があっても良い。
動ける日が来ることも、私はもう知っています。
これからも長く続けたいので、
自分なりのペースでやっていきます。
疲れた日の過ごし方については、
「疲れた日にはこれを飲んで・食べて」の記事にも少し書いています。
気持ちの面と行動の面、どちらも大事だと思っています。

スクワットは2年続けています。
続け方については、以前の記事で書いた「運動が苦手でも続いた理由」が近いかもしれません。

